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夜間大学院で博士号を取るつもり

博士課程後期の日記、読書、しがない勉強の様子

非モテと認知行動療法

 最近振られたので落ち込んでいます。

 振られると、自分に魅力がないから振られたのだ、とか、自分は女性にモテないので、金輪際恋愛なんてできないんじゃないか、という考えが頭をグルグル巡り、酒を飲めばクダとなって口から漏れ出ていき、隣に座った人を辟易させたりするわけです。

 こうして、無い自信がますます無くなっていき、自分はこれまで何も達成できなかったし、これからもできない、もうダメだなどと考えるに至り、これはまずいと、この本を手に取りました。

孤独な人が認知行動療法で素敵なパートナーを見つける方法

孤独な人が認知行動療法で素敵なパートナーを見つける方法

 

 著者のバーンズ先生によれば、十分に高い自尊心を持っていなければ、そもそも恋愛なんてできないのだ、 と言います。恋愛によって、「いい女を落とした俺はいい男」と自尊心が高まるのではなく、その逆だ、ということです。

 このことは 2 つの点で理解できます。

  • 自尊心を他人の存在で高めようとする行為は、自分の欠乏を他人で埋めようとする行為であり、そんな風に自分のために他人を利用しようすれば、避けられてしまう
  • 自尊心が低いということは自分の評価が低いということだが、そのマインドが他者に向けば、他者を低く評価するということでもある。それはなんとなく嫌な奴なので、やっぱり避けられてしまう

 自分に自信がなく、孤独に押しつぶされそうで、「誰かぼくにかまって〜」という状態では、むしろ人は逃げて行くよ、というわけです。まあそうかなという気がします。

 とにかく先ずは正常な自尊心を取り戻すことにあるようです。本書には次のように書かれています。

孤独感を克服し、自尊心を育てる最も良い方法のひとつは、デートをしばらく控えることです。もし勇気があれば、もっと良い方法は、誰とも親密な関係を持たないようにすることかもしれません!

 これは、自尊心が「一人でいられる能力」と関係しているからです。つまり、自分を承認するのに他者を必要としないということです。

 自分で自分を評価した場合、できることや楽しみがたくさん見えてきます。どうしても一人でしかできないことがあるからです。例えば勉強、楽器の練習、ジョギング等のトレーニング、プログラミング、小説や絵を描くなどは、基本的に一人でする行為です。孤独とはこうした行為に打ち込むことができる機会となり得ます。

 孤独をこの世の終わりのように捉えてしまう思考は、このような機会が見えていないこと、つまり認知の歪みを示しています。もちろん、パートナーといる喜びも、人の基本的な喜びの一つで、親密なスキンシップによる愛情の幸せの大きさは過小評価されるべきでは無いでしょうが、むしろ、こういうことなのだと思うのです。

 つまり、一人の時に、一人の楽しみを見出せず、「全か無か」の思考をしてしまう、その思考パターンは、パートナーといる時であっても、そのパートナーに対して、「全か無か」の思考をしてしまう可能性がある。例えば、少しでもトラブルがあれば、「合わないので別れる」と考えてしまったり、相手の悪いところに目がいって、すぐに相手を否定したりなど。

 世界は、「モテ/非モテ」「いい人/ダメな人」などに二分化される訳ではなく、グラデーションで成り立っています。物事の多義性を理解し、認知の歪みを補正すること。ぼくは認知療法をそのように理解しています。

 例えば、一人の時は一人でできることを探すこと。自分自身でできることを積み上げていくこと。どんな境遇でも楽しいことを探すこと。このために、闇雲にポジティブな感情を持とうとするのではなく、「論理的に考えればそのようにならざるを得ない」という認知ベースで納得しつつ、否定的な感情に対抗していくこと、が必要であり、また効果的なのだと思うのです。

 ぼくの今の課題は、

  • 自尊心を取り戻すこと
  • その自尊心で、独りでも幸福でいられるようにすること

 です。そのためのメソッドと実践をこれから考えていきます。パートナー探しは、恐らくその後のミッションになるでしょう。